デフレの時代のローファイ小説

岡崎祥久の小説には、二つのモードがある。戯作者めいた洒脱な語り口で日常の出来事を淡々と描写していくモードと、いささか時代遅れの感なきにしもあらずではあるが、ひたすら自己の深部に沈潜し、そこに生起する感情の揺動の一切を言葉に変えていこうとするモードと。デビュー作「秒速一〇センチの越冬」以来、一作ごとにスタイルを変えてきたようにも見える岡崎の小説は、じつはこの二つのモードをどのように混在させ、あるいは一方を排除するかという試行錯誤の結果に他ならない。作者の内には、「お前の日常生活にどんな事件が起ころうと、それは大したことじゃないんだから、深刻ぶるな」という、(村上春樹にも通ずる)ニヒリズムと気取りと気負いがないまぜになったような性向と、そういうポーズをとる自分を嫌悪し、もっと真面目に人生を見据えて生きるべしと命ずる古風な倫理観とが同居しているように思える。そして岡崎は太宰治と違ってこのような自我の分裂を分裂として読者に示すほど器用ではなかった。岡崎のいくつかの小説に見受けられる、一人称と三人称の語りの交替は、どちらか一方の極にすり寄ろうとしてははじけ飛ぶ、作者の精神の往還運動の表れに他ならない。
 ところが『南へ下る道』に収録された表題作および「醜男来たりなば」で、岡崎はうじうじ悩む自己を微細なタッチで描くのをすっぱりあきらめて、もう一つの持ち味である軽みを前面に出してきた。この二つの中篇は、小島伸一と和子という若いカップルが共通の主人公として登場し、時系列的にもつながった連作となっている。「醜男来たりなば」では、伸一の友人で、しばらく北海道に住んでいた「醜男」が東京に戻ることを思い立ち、伸一の住むアパートをめざしてオートバイで南下する、というエピソードが、東京の郊外で平凡でささやかな暮らしを営む夫婦のエピソードとが交互に語られる。醜男と伸一は数年来音信不通であったが、伸一は結婚した後も独身時代と同じアパートに住み続けていたため、醜男は彼らの家を探し当てることができたのだ。三日ほど六畳間に三人で寝る生活を過ごした後、彼はまた出ていく。「南へ下る道」は、前作の終わりで勤めていた近所の電気店をリストラ名目でクビになった伸一と、パートをやめた和子が、伸一の親から一時的に預かった軽自動車に乗り込み、国道一号線、二号線、三号線のみを使って九州まで行く道中が語られる。
 どちらの作品にもロードノベル的要素が含まれているとはいえ、このジャンルにありがちな自己探求の旅とその終わりがセンチメンタルに描かれたりすることはない。それどころか、放浪か定住か、自由か秩序かという緊張関係は一度も表面化せずに、きわめて曖昧なかたちで解決が図られる。「醜男来たりなば」は、醜男の出立を見送った伸一が部屋に戻り、中古マンションの値下がりを伝えるニュースを和子と一緒にぼんやりと見ているところで終わる。伸一が勤め先を解雇された以上、ローンを組んで中古マンションを買うという二人の将来設計は遠のき、「定住」という結末は再び見えなくなったわけだから、このニュースはひどく皮肉に聞こえるはずなのだが、二人はそうとっていないようである。「南へ下る道」の終わりでは、三号線の終点からさらに下って西鹿児島駅についた二人が、ここら辺りで電気屋を開業するという夢とも現実ともつかぬ話をする。
 つまり、ロードノベルというコンベンションは一種のしゃれとして機能しているわけだが、それは主人公たちがデフレの時代のさまよえる小市民という新しい社会階層に属しているからでもある。終身雇用制の神話の崩壊が広く世間で喧伝されるようになった現在、将来への漠然とした不安は抱えながらも、二九インチの大画面テレビとMDステレオのある生活を営み、中古マンションを買うことを夢見るだけの蓄えもあり、いざというときに頼る親も健在である二人は、小市民的心性を持ちながら浮き雲のような暮らしをしている。常識人ではあるが、インテリにふさわしい深い思想などは持ち合わせず、その場の気分で生きている。
 とはいえ、小市民が感じる日常生活の鬱屈と倦怠というのは岡崎のデビュー以来の一貫したテーマだし、退屈な日常からの脱出としての小旅行という筋立ても「ニジイロのセカイ」(「文學界」二〇〇一年二月号)などですでにお馴染みのものだ。だがこの二篇において、作者は一人称の語りを全く用いないことで、それまでの作品にあった重苦しさややりきれなさを滑稽さと中和させた。パン屋でパートとして働いている和子がレジを受け持つのを見計らって買いに行き、六〇円の玉子ドーナツをおまけしてもらっていた伸一が、ある時後ろに並んでいた何も知らないお節介な主婦の口出しのせいでレジの「ミス」を指摘され、六〇円払うことになる、とか、宿代を安くすませようとラブホテルに泊まったはいいが、早い時間に入ったために休憩料金と宿泊料金を二重に支払うことになり憤慨するといった、せせこましいが、登場人物たちにとって切実なエピソードは、三人称で語られることによってユーモラスなものとなる。
 それはこの作家が資質として持っている目線の低さも関わっているのだろう。だがそれはたとえば小島信夫の目線の低さとは趣を異にする。「社会的敗残者としての私」という小島の小説の語り手の自己規定はどこか一種のやつし芸というところが否めなかったが、岡崎の小説の登場人物たちは社会的成功などというものははなから望めないものだととうの昔に悟っているか、最初から考えもしていない。彼らにとって、未来は現在のたんなる延長であり、何かが劇的に変化することはないのだ。一人称で語られていたときはそうした諦念は閉塞感にもつながっていたが、三人称で他人事のように語られると、あっけらかんとして心地よい。それは右肩上がりできた日本の経済成長が終焉を迎えた時代の空気を的確に描いているからだ。「日常をまったり生きる」ことが、気の利いたスローガンなどではなく、当たり前のことになっている世代の弛緩した感覚。このポストバブルの時代にあっても高揚した調子で「勝ち逃げ」組は誰か、家族の崩壊のあとに何がくるのかと議論する三十代後半〜四十代の元気なオヤジたちを後目に、岡崎は新・庶民の暮らしをひっそりと描くことに成功したのではないか。

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