『アウステルリッツ』:「かのように」の怪物

 「偉大な文学(literary greatness)はまだ可能か?」二〇〇一年に自動車事故で亡くなったイギリス在住のユダヤ系ドイツ語作家W・G・ゼーバルトを語るにあたって、スーザン・ソンタグはこう書き出している。なにを大仰な、というのが大方の反応だろう。ソンタグも齢七十になんなんとして耄碌したか。事実、その時点でゼーバルトが発表していた『眩暈、感情』(九〇年)『移民たち』(九二年)『土星の環』(九五年)という三つの長編について論じたこの短いエッセイ(『タイムズ・リテラリー・サプルメント』二〇〇〇年二月二十五日付)は、所々にソンタグらしい鋭い切れ味を感じさせるものの、ゼーバルトの作品がその一つの回答だ、とするそもそもの主張については最後まで説得力のある根拠は示されない。こんなふうに大上段に構えた書き出しの文章がたいていそうであるように、それは希望的観測にもとづいた思い込みをただ反復するだけで、「偉大な」ヨーロッパ文学の伝統が引き合いに出され、この作品にも似ている、あの作家にも似ている、といった不毛な類比がなされて終わっている。

 だがゼーバルトの遺作となった『アウステルリッツ』(〇一年)を読むと、ソンタグの言いたかったことがなんとなくわかるような気がする。いや、すでにヨーロッパ文学という制度に身も心も捧げているアメリカ人ソンタグよりも少し距離が離れている分、何がゼーバルトの作品を(ヨーロッパ的な意味で)偉大にしているのか、日本人の私にはかえってよくわかるような気さえする。一言で言ってしまえば、それは構築とか形式というものに対する二律背反的な意識と、時間と記憶との関係を探る主題を持ってきたことだ。しかも『アウステルリッツ』ではこの二つが結びつけられて語られる。

 アウステルリッツという奇妙な名を持つ建築史家とアントワープ中央駅の待合室で出会った語り手が、リエージュ郊外の工場地帯、ブリュッセルの最高裁判所と、偶然の邂逅を重ねていきながら、彼が辿った数奇な半生を知るようになる、というのが『アウステルリッツ』の基本的な筋である。語り手の私が自らについて語るところは少なく、小説の大半はアウステルリッツの語りが占める。とはいえ、アウステルリッツの語り—ですます調/私の語り—である調、と書きわけられている邦訳とは異なり、原著では二人の語りはもっと判別しがたいものになっていただろう。実際、主人公がアウステルリッツの物語を語るさまは、アウステルリッツその人が取り憑いているかのようであり、(何度かの偶然の邂逅もふくめて)アウステルリッツとは語り手の【ルビ開始】分身(ドッペルゲンガー)【ルビ終了】開始ではないかとすら思えてくるのである。

 以前の三作品の読者であれば、このような印象はさらに強まるはずだ。ゼーバルトがその生涯に発表した四つの長編においては、同じ主題が少しずつ形を変えて反復され、登場人物もどこかしら似通っている。残念ながら邦訳は『アウステルリッツ』以外では柴田元幸による英訳からの重訳で『土星の環』第一章が発表されているだけだが、そこでも極度の精神的疲労によって身体に変調をきたし幻覚を見る国外離脱者、知の作り上げる壮大な伽藍に魅了されその記述に一生を費やす研究者といった、お馴染みの登場人物に出逢うことができる。彼らはみな、アウステルリッツのようであり、語り手のようであり、あるいはゼーバルト本人のようである。

 とはいえ、主人公を建築史家としたことで、それまでゼーバルトが書きたかったモティーフはこの『アウステルリッツ』でよりくっきりと浮かび上がってきたように思える。柄谷行人が『隠喩としての建築』で書くように、西洋固有の「【ルビ開始】建築(コンストラクション)【ルビ終了】への意志」のもと、自然に負うことのない秩序や構造を確立しようという営みは、形式化の徹底を推し進めることで内なる矛盾をさらけ出し瓦解する。冒頭でアウステルリッツが語る、要塞の建設はまさしくその隠喩となっている。あらゆる外敵の侵攻を防ぐために、周囲に次々に防御設備をめぐらしていき、その結果同心円状にとめどもなく拡大していくが、そうなればなるほどかえって敵をおびき寄せることになる。かくして、一八三二年オランダ軍によって占拠されたアントワープ要塞はフランス軍によって破壊されるが、人々は要塞建設の愚を悟るどころか、いっそう外へ拡大しなければならないと外郭の建設をはじめ、ベルギー全土の軍隊をもっても防備しきれないような城郭を築き上げる。第一次世界大戦勃発直前、最後に完成したブレーンドンクの要塞は開戦後数ヶ月足らずで市と国の防衛にはまったく役に立たなかったことが判明する。

 「途方もなく巨大な建築物は崩壊の影をすでにして地に投げかけ、廃墟としての後のありさまをもともと構想のうちに宿している、そのことを私たちは本能的に知っている」(一八頁)と語るアウステルリッツはしかし、自分にも同じ運命が降りかかるのを知ることになる。三十年近く続けてきた建築史と文明史についての自分の研究、何千頁にも積もったメモやコメントを体系立てて整理しようと大学の職を辞した彼は、草案のほとんどが使いようのない、誤り偏っているものだということを発見する。やがて彼は自分の思考を的確に文字として書き表せなくなり、さらに読むことさえ困難になる。建築物についての自らの認識を言語によって構築しようとする彼の試みは、その壮大さゆえに、要塞同様自潰する。

 だがここで物語は更なる展開を見せる。原因不明かに思われたその症状は、チェコのユダヤ系家庭に生まれ育ったアウステルリッツが、ナチスドイツの侵攻に際してイギリスの家庭に養子として送られたという自らの過去を記憶の底に封印してきたゆえに生じたのだった。手がかりを求め故郷プラハに赴いた彼の脳裏に、これまで全く思い出したことのない、幼年時の記憶が鮮やかに蘇る。「時間などというものはない、あるのはたださまざまな、高度の立体幾何学にもとづいてたがいに入れ子になった空間だけだ、そして生者と死者とは、そのときどきの思いのありようにしたがって、そこを出たり入ったりできるのだ」(一七八頁)彼はそう感じる。

 意識において時間は空間的に構築されるが、無意識の記憶はそうした単線的時間とは相容れない。『失われた時を求めて』『ユリシーズ』をはじめとする二十世紀ヨーロッパの「偉大な文学」はいずれもこの主題を扱ってきた。だが空間モデルを否定するのではなく、「高度の立体幾何学」であれば記述可能だと考えるところにゼーバルトの「構築」に取り憑かれた業の深さ、「構築」を拒絶しつつ「構築」を求める態度がよく出ている。本文中に度々挿入される写真や図版もまた、「読みとる」速度と「見てとる」速度の本質的な相違によって、読者の内なる時間の流れを攪乱しようという試みなのだろうが、読み進めていくにつれて、一つの統一されたイメージが浮かび上がってくるのを押しとどめることはできない。結末で、今度は父親の消息を求めてパリに赴くというアウステルリッツとは対照的に、ブレーンドンクの要塞を再訪する語り手=ゼーバルトは、明らかに物語を収束させようとしている。こうして、物語は緊張感を孕んだまま、内破寸前のところで終わる。

 この作品が「偉大な」ヨーロッパ文学の系譜に属することは間違いがない。さすがに森鴎外は洋行帰りの歴史家五条秀麿に「かのようにがなくては、学問もなければ、芸術もない、宗教もない。人生のあらゆる価値のあるものは、かのようにを中心にしている」と言わせているが、「生成」を拒否する大抵の日本文学に慣れた者にとっては、作品に通底する、半ば自覚的な狂気である「建築への意志」に違和感を覚えることもあろう。だが、それも含めて『アウステルリッツ』とは、きわめてヨーロッパ的な小説の快楽を味わうことのできる作品である。

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