ニール・サイモン作品のユダヤ性について

ニューヨーク市立大学大学院演劇学科に留学していた四半世紀ほど昔のことだ。博識をもってならすマーヴィン・カールソンが「日本でニール・サイモンが大人気と聞くが、あんなユダヤ的なものの考え方や文化が反映されている作家の作品がなぜ日本人に好まれるかわからない」と授業で言ったことがあった。

そのことをしばらく前にツィッターに書いたら、『悲劇喜劇』編集部から「ニール・サイモンの作品における「ユダヤ的なものの考え方や文化」について解説してください」という連絡をいただいた。「はい、書きます」と返事をしてから気づいたのだが、日本のこともよく知っているカールソンの発言の前提にある、「日本人はニール・サイモンの本質をわからずにもてはやしている」という想像は全く間違っているというわけではない。日本におけるニール・サイモン受容は、あらゆる異文化の受容と同様、誤解にもとづいているところもある。「ユダヤ的なものの考え方や文化」のなかには、その本質を日本人が(ひょっとしたら非ユダヤ系の白人たち以上に)理解し受け入れている部分と、日本人がよく理解できてない部分がある。この論考では、双方について触れたい。

ユダヤ人的なものの考え方や文化で、日本人がその本質を_¨それとは知らずに¨_もっともよく理解し受け入れているのは、お涙頂戴を厭わない、ベタな感情表現だ。ユダヤ系というと、ハリウッド映画によく出てくるロイド眼鏡をかけた頭の良さそうな―しかし人付き合いは下手だったり、運動神経はなさそうだったりする――科学者、あるいは、お前はシャイロックの子孫かと言いたくなるような、人を人と思わない、数字だけが友達のトレーダーや投資家を思い浮かべる人もいるかもしれないが、「典型的」(だと大抵のアメリカ人が考える)ユダヤ系の人々の大きな特徴は、情が深いことだし、ユダヤ系の作り手が圧倒的に多いブロードウェイの舞台は、そういうベタな情愛を好んで描いてきた。主人公は身内との愛憎関係に苦しむ(いうまでもなく、憎しみは深い愛情の裏返し、ないしは同一のものだ)。自分が愛する程には相手は自分を愛していないと思い込んで暴走するが、結局はそれが錯覚だとわかって、あるいは相手にとって自分がそれだけの存在でしかないことを受け入れて、ハッピーエンド。『裸足で散歩』であれ、『おかしな二人』であれ、ニール・サイモンの多くのコメディは、笑いのオブラートに包まれてはいるものの、本質的にはそのようなドラマを描いている。

愛情をたっぷりかけて子供を育てることが重要視されるユダヤ系の家庭に育った人にとって、親子や恋人、友人と気持ちの上でしっかり繋がってない、ということはことさら不安を覚えるものだし、ニール・サイモンの作品の魅力は、自分たちが抱いているような不安が舞台上でうまく解消されるところにあった。日本人もまた、血縁共同体内の情愛の大切さを主題とするお涙頂戴の物語が大好きだ。大正期から戦後にかけての新派、長谷川伸をはじめとする人々が新歌舞伎や新国劇に書いた戯曲、松竹新喜劇、菊田一夫の芝居はどれも、「身内」の情愛の薄さや濃さが主人公にとり大きな意味を持っていることを示すところにドラマツルギー上の要諦がある。

比較対象が菊田一夫や松竹新喜劇では、お涙頂戴といってもいささか古くさいのはないか、と思われる読者もいるかもしれない。だがニール・サイモンもまた、古くさい作家だった。『ニューヨーク・タイムズ』の劇評家ハワード・タウブマンは、デビュー作となった『カム・ブロー・ユア・ホーン』(一九六一年二月初演)を昔懐かしいブロードウェイ・コメディだ、と評価している。ラジオやテレビのスキットで売れっ子だったサイモンが、当時最新のギャグを盛り込んではいるものの、その骨子は昔ながらの人情喜劇であることを見抜いたタウブマンはさすがに慧眼だった。

ちなみに、タウブマンが『カム・ブロー・ユア・ホーン』の古風さに言及したときに頭にあったのは、第二次世界大戦前にブロードウェイで七年あまりのロングランを続け、今でもミュージカル以外の作品としては最長ロングラン記録を保つ『父と暮らして』だったかもしれない。脚本を書いたハワード・リンゼイとラッセル・クローズはユダヤ系ではないし――『エニシング・ゴーズ』や『サウンド・オブ・ミュージック』の脚本も書いたコンビとしてのほうが有名だ――原作者クラレンス・デイの自伝的内容を反映してカトリックの教理問答が登場したりするのだが、不機嫌でいつもガミガミ小言を言うので恐れられ、嫌われている父親がユーモラスに描かれているところなど『カム・ブロー・ユア・ホーン』とそっくりだ。

ところが、戦後間もない時期にテネシー・ウィリアムズとアーサー・ミラーが登場し、(少なくとも表面的には)感傷的な甘さがブロードウェイの舞台から一掃された随分後になって登場したニール・サイモンの_¨時代遅れの古風さ¨_は、戦前からのユダヤ系の作り手たちが作るお涙頂戴の舞台を見て飽き飽きしていた年上の観客が年齢的に退場する時期と重なったことと相まって、しばらくは新鮮に見えた。同時期に『屋根の上のバイオリン弾き』(一九六四年九月初演)がヒットしたのも同じ理由だ。とはいえ、もっと「クールな」自己像をアメリカ演劇に見出したい観客や批評家や研究者が、ニール・サイモンの生み出すユダヤ系の古くさい人情喜劇をアメリカ演劇の代表だと思われたくないと考えはじめるようになるのも時間の問題だった。

この点こそ、多くの日本人が「ユダヤ的なものの考え方や文化」について_¨わかっていない¨_がじつはもっともよく_¨わかっている¨_ところだ。本国では「昔ながらのユダヤ系人情喜劇」とみなされていることを知らずに、アメリカから来たお洒落なコメディだと思ってニール・サイモンの芝居を観に行く。家族の情愛を描く古くて懐かしい筋立てに、さんざん笑って最後にホロリとする。かつて長谷川伸や菊田一夫や藤山寛美の芝居をもてはやした私たちはそういう芝居が大好きだからなのだが、非ユダヤ系白人のカールソンのような人は、なぜ日本人があんな田舎くさい、ベタな人情喜劇を好むのか不思議に思うわけだ。

その意味で、日本におけるニール・サイモン戯曲の受容は、同じくユダヤ系であるウディ・アレンの映画の受容と似ているところがある。表面上の新奇さと芯にある古風さが同居しているところにニール・サイモンやウディ・アレンの魅力があるのだが、私たちはなかなかそのことを認めたがらず、舶来のモダンなコメディとして楽しんでいるのだと思い込もうとする。

一方で、私たちがよく理解できてないニール・サイモン作品のユダヤ性もある。たとえば『ニール・サイモンを理解する』(サウス・カロライナ大学出版局、二〇〇二年)のなかでスーザン・コープリンは、ユダヤ系の物語によく出てくる、自分の不運を嘆いてばかりいるダメ男の伝統や、ユダヤ系特有の自虐ギャグに言及している。これらもまた、非ユダヤ系アメリカ人にはユダヤ色が強いというか、自分たちの文化にはない要素として抵抗を覚えるものなのだが、日本人観客はその「エグ味」を感じない。そもそも、自意識過剰なユダヤ系の人々の自己言及の多さに普段から辟易していると、舞台で同じものを見せられたくない、と思うものだが、多くの日本人はそういう体験をしていないからだ。それに、自らのユダヤ性をことさらに強調するというユダヤ性は、一種の自家中毒なので精神的に不健全なものを何となく感じるけれど、自らの民族的アイデンティティを強く主張する態度でもあるので、それを表立って批判することはできない、という(ユダヤ系自身を含めた)アメリカ人観客が感じるモヤモヤした気分も、日本人には無縁だ。

あらゆる異文化の受容はつまみ食い的に起きる。自国の社会慣習が受け入れやすいものだけを取り入れ、その全部を受け入れることはない。だがそれでもその他者の文化への「理解」は進むし、わけもわからずにもてはやすということはない。ニール・サイモン作品のユダヤ性もその一例といえる。『悲劇喜劇』第七二巻第一号(二〇一九年一月)二五—二七頁。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください