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天の邪鬼の想像力:デイヴィッド・マメット

「私ども、選ばれた方たちにのみ、節税対策に効果的なマンション経営についてご案内しております。○○さまは資産運用をどうお考えですか?」自宅や職場に頻繁にかかってくる投資用マンションの勧誘電話。『グレンギャリー・グレン・ロス』(以下『GGR』)の主要な登場人物は、こういう電話をかけてくる連中だ。マンションならまだ本当に利益が出るのかもしれないが(違うのかな?)、この作品のなかで彼らが売りつけようとするのは二束三文の土地。つまり、『GGR』作者のデヴィッド・マメットが描くのは、かつて日本でも大きな問題となった原野商法に従事する「セールスマン」の仕事ぶりなのだ。悪徳商法の被害に一度遭った人々はその後もターゲットにされ続けるとはよく聞く話だが、彼らが手に入れようと相争う「顧客名簿」は、こうしたカモにされやすいお人好したちの名前がずらりと並んでいる。

マメットはとてもひねくれた人だ。『郵便配達は二度ベルを鳴らす』(81年)にはじまり、数多く映画界に脚本を提供してきたこの人の真骨頂は、どんでん返しに続くどんでん返しで、『GGR』でもその魅力が味わえる。しかもハリウッドの名だたる演技派たちがケレン味たっぷりに演じるものだからたまらない。マメット自身が監督をつとめ、スティーヴ・マーティンが煮ても焼いても喰えない詐欺師を演じる『スパニッシュ・プリズナー』(97年)でもそうだが、『GGR』の映画版(92年、邦題『摩天楼を夢見て』)では、アル・パチーノ、ジャック・レモン、ケビン・スペイシー、アレック・ボールドウィンが口八丁手八丁のセールスマンになりきって思い切り楽しそうに演じている。生き馬の目を抜く不動産業界で、利用できると踏んだ人間はたらし込み、相手の隙をうかがってふんだくる、どう見てもヤクザな連中でしかないのだが、彼らはその有無をいわさぬ演技力で、マメットが描く悪の魅力を存分に見せてくれる。

だが、マメットがひねくれていると言うのは、予想通りには決して展開しない物語や一筋縄ではいかない人物たちを得意としているからだけではない。マメットといえば男くさい芝居という評価が定着していた90年代、フェミニスト演劇研究者からマメットは「女ぎらい」だと非難されたことがあった。99年、マメットは女性たちを主役に騙し騙されあう『ボストン結婚』(Boston Marriage は、19世紀ニューイングランドでレズビアニズムの隠語として用いられた)を書いて意趣返しをした。あるいはアメリカ演劇でセールスマンといえば、演劇史に燦然と輝くアーサー・ミラー『セールスマンの死』(49年)のウィリー・ローマンのことがまず思い浮かぶような状況のなかでマメットが『GGR』を書いたことを考えてみてもいい。ミラーによって「普遍的な人間の悲劇」だと定義されたローマンの境遇に私たち観客は涙するが、同じく尾羽うち枯らした初老のセールスマンでありながら、『GGR』の主役レヴィーンの悪辣非道ぶりに同情できる要素は少ない(ちなみに映画版でレヴィーンを演じたジャック・レモンは、あまりにも演技が達者すぎて哀れを誘うので、ある研究者はレヴィーンが「ローマン化」されているといって批判している)。ローマンの悲劇のようなものを期待して足を運んだ観客が唖然としているのを見て、してやったりとほくそ笑んでいるマメットの顔が思い浮かぶ。

換言すれば、マメットという人は天性の天の邪鬼で、大方の人のものの見方に正面切って「ノー」を突きつけるのが好きなのだ。1991年、最高裁判事クラレンス・トーマスによるセクシャル・ハラスメントがアメリカ社会の大きな話題となった翌年に発表された『オレアナ』の筋立ては、大学教授に対する女子学生のセクハラの訴えが、成績の悪い女子学生によるねつ造だととれるものになっていて物議をかもした。2008年、「良心的な」ユダヤ系の劇作家ならばリベラルな民主党の支持者であることを期待されているアメリカにおいて、民主党は「脳死」したという理由で保守的な共和党の支持に鞍替えすることを発表して、多くの進歩派知識人の反感を買った。

とはいえ、マメットはたんに斜に構えているわけでもない。マメットはエンターテインメントを提供しながら、同時に私たち観客にもっと想像力を働かせてみろ、と挑発している。たとえば冒頭に引用したセールストークを、私たちはわずらわしいとは思っても、電話口の向こうの相手がどんな人間で、どんな生活を送っているのかを想像することはめったにない。既存の社会的価値観にどっぷり浸かりきって生活している私たちが思いもよらぬ—あるいは考えることを無意識に拒絶している—ものの見方や、自分たちとは異なる人々の生活を観客の目の前に提示することで、私たちにもう一度考えさせること。ギリシア悲劇以来、良質の演劇が与えてくれるそのような体験をマメットの戯曲もまた提供しているのだ。

(『GGR~グレンギャリー・グレン・ロス』2011年6月・天王洲銀河劇場パンフレット)