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その1:論文は読書感想文ではない

たしかに、文学テキストの解釈は主観的なものです。しかしレポートで要求されているのは、たんに「私は○○だと思った」「○○というところに感動した」というような「読書感想文」ではありません。

レポートで要求されているのは、自分なりの「読み」を提出し、それを論証することです。つまり、「私は○○だと思った」のなら、「なぜ」そう思ったのか、自分の心理を分析し、また作品の中にその根拠を求めることが必要だし、「○○というところに感動した」のなら、なぜその作品はそこで感動させるようにできているのか、作品の成り立ちや構造、あるいは作者の経験がどのように反映しているのか、といったことを調べて報告する必要があります。

たんに主観でしかない自分の主張を他人に論理的に納得させること、それが論証という手続きです。そしてこの論証の手続きを踏めば、あなたのその「読み」はたんなる自分の思いを勝手につづった「読書感想文」ではなく、多少なりとも「公共性」を備えた「論文」に近いものとなります。

その2:論理的に書く

論文の構造はきわめて単純で、

通説の否定(SはAではない)

その理由(なぜなら…だからだ)

自説の主張(SはじつはBである)

その理由(なぜなら…だからだ)

というものです。

(例)アメリカ演劇にリアリズムを持ち込んだのはユージン・オニールではない。オニールはむしろメロドラマの作家であった。

しかしふつうは

「(通説)というのは誤っている。(自説)が正しい」

というように声高に主張することはできません。

通説の誤りが誰の目にも見て明らかであるときはこう言えますが、たいていの場合、通説はある程度説得力を持っているから通説になるのです。また、自説がきわめてオリジナルなものであれば人はなかなか納得してくれないでしょう。

したがって、自説の主張とは、通説の正しさをある程度認めたうえで、それを修正する、というかたちになることが多いのです。具体的には以下のような方法があります。

適用範囲を限定する

そのような場合には

「たしかに(通説)にも見えるが、しかし(自説)とも考えられる」

「なるほど…のときには(通説)ということは言えるかもしれないが、…のときには(自説)である」