館直志『わてらの年輪』(一九六四)の盗作疑惑について

『さらば松竹新喜劇 天外・寛美と過ごした日々』(情報センター出版局、一九九三年)は、一九六〇年から六七年まで松竹新喜劇学芸部に所属し、脚本を執筆した藤井薫(一九三三〜)による内幕暴露もの。中でも注目すべきなのは、天外のペンネームである館直志名義で発表され、一九六四年八月に日生劇場で上演された『わてらの年輪』が、藤井が一九六一年に書いた『乱れ友禅』を下敷きにした、という記述である。その前年開場したばかりの日生劇場で、花柳章太郎・中村鴈治郎・中村扇雀・小林千登勢らが出演した三時間半の大作であり、その年代に書かれた代表的戯曲を収録する『現代日本戯曲大系 第六巻』(三一書房、一九七一年)にも収録されているこの作品が「盗作」だった、ということは三田純市『上方喜劇 鶴屋団十郎から藤山寛美まで』(白水社、一九九三年)などには当然記されていない。

なお、この二冊は同年に出版されているが、『さらば松竹新喜劇』は四月、『上方喜劇』は十月だから、三田は藤井の本を読みその真偽を検討するだけの時間はあったろう。よしんばその時間がなかったとしても、すでに藤井は『素顔の喜劇王 楽屋の独裁者』(恒文社、一九七六年)という小説仕立てで人名・作品名をすべて仮名にしながらも同じ事情について触れているので、このことは三田の耳にもすでに入っていたことであるはずだ。

『さらば松竹新喜劇』によれば、「真相」は以下のとおり。『オール読物』の「大衆演劇「一幕物」脚本募集」に応募するため、藤井は「その頃たまたま見た『楡の木かげの欲望』という、アメリカ映画にヒントを得」(一三三頁)て、昭和初期の京都の友禅染め屋を舞台に、舅と未亡人となった嫁とが関係するという物語に書き換えて『乱れ友禅』を書いた。選考委員は北条秀司・川口松太郎・菊田一夫・中野実の四人で、北条は激賞したが、他の三人は「最後に若い未亡人が愛の証のために自分の子供を絞め殺すという点に無理がある」という理由で最終予選止まりになった。北条が「この脚本が入選しなくても、自分の手でどこかの大劇場で絶対に上演できるよう、尽力する」と言っていると『オール読物』の婦人記者から聞かされた藤井は、新橋演舞場公演の折に鎌倉の北条宅を訪ねるが不在。その帰り道「子供を殺す点を書き直せば、松竹新喜劇の二本目ないしは三本目の狂言として上演可能なのではないか」(一三五頁)と思い当たった藤井は一ヶ月あまりかけて書き直し、「ラストの若い未亡人が自分の赤児を殺すシーンや,自ら首を吊る場面もカットして、最後は舅と結ばれるというハッピーエンド」(一三六頁)にして、天外に提出した。音沙汰のないまま一ヶ月ほどが過ぎたとき天外から呼ばれ、「あんたの今度の脚本な、あれワシがやったげる」「四月の中座公演でワシがやったげる」と言われて天にものぼる心地になった(一三九頁)が、三月五日か六日頃に、文芸部長の星四郎から、日生劇場の書き下ろし脚本を書きあぐねている天外が『乱れ友禅』を下敷きにしたいと言っている、と聞かせれて愕然とする。

もっとも、藤井も「なるほど『乱れ友禅』が大幅に書き直されている、と言えば言えなくもなかった。登場人物たちの名前もみな変えられている。しかし舞台が京都の友禅染め屋であることや、主な登場人物の設定などは『乱れ友禅』とほとんど変わっていなかった。ただ「具」がやたらと多くなっているのが目についた」(一六一頁)と認めているので、これが盗作であるかどうかは簡単には判断できない。『乱れ友禅』は『オール読物』でゲラになっている(一三四頁)とのことだから、どこかにそれが保存されていたりしないか。

藤井がヒントを得た「『楡の木かげの欲望』という、アメリカ映画」はユージン・オニール『楡の木陰の欲望』Desire Under the Elms (1924) をソフィア・ローレン主演で映画化したもの(一九五八年五月公開。同年六月に日本でも公開)だ。妻に死なれた老人エフレイム・キャボット(Ephraim Cabot)が後妻として迎えた若いアビー(Abbie)が夫の三人の息子のうちでもっとも若いイーベン(Eben)と不倫をする、という物語だから、「舅と未亡人となった嫁とが関係する」ではあべこべになるが、これは藤井の記憶違いだろう。戯曲でも映画でもアビーはイーベンの歓心を買うために赤ん坊を絞め殺す。

一方、『わてらの年輪』では、染工所を経営する六十三歳の竹森栄吉(中村鴈治郎)が二十四歳のすみ(小林千登勢)を後妻に迎えたところから物語がはじまる。妊娠したすみは、結婚前に交際していた染工三浦利弘(中村扇雀)のことが忘れられず、中絶をはかるも手術に失敗したことでそれが露見する。栄吉は旧知の仲である材木商鈴木八重(花柳章太郎)の強い勧めですみを実家に帰らせることにする。八重の口からすみは想像妊娠していただけであることが最後に語られる。たしかに「ハッピーエンド」にはなっているものの、藤井の『乱れ友禅』と違い、舅と結ばれるのではなく、若い恋人と結ばれることが示唆されて終わるので、「大幅に書き直されている」ことは間違いないようだ。

なお、藤井自身も記していることだが、天外は一九六四年ごろ『週刊朝日』に「喜劇半生」というエッセイを連載している折りにこの「盗作疑惑」について自ら言及し、藤井の名を挙げて「事実無根もほどほどにしてほしい」と断言している。『笑うとくなはれ』(文藝春秋、一九六五年)に再録された該当箇所を以下に引用する。

私はいま、クレージー・キャッツ的表現によれば、いささかトサカに来ているのである。

東京の友人から、気をつけろ、お前の作品にとかくの噂が立っているらしい、つまり代作とか盗作である、八月、日生劇場で上演した「わてらの年輪」もその疑いがある、などと言う人間が居る。曲解されてどっかの記事にならない先に調べて見たらどうだ、との手紙である。
脚本を書出して四十年、ちょっとやそっとの悪評には動じなくなっている積りだが、ふりかかる火の粉は払わずばなるまい。闇討ちならムザムザとうたれる手はない。

煙の立ったあたりはこの辺かと問合わせて見ると、火元は私たちの劇団の文芸部の一人じゃないかというのである。

古川柳そのままの、捕えて見れば……であるから、呆れ返った話である。疑われた本人はもちろん否定する、こっちも確証がある訳じゃないから叱りつけることも出来ない。

この藤井君が書いた脚本が未熟でもう一歩であったから、私が徹夜で書直して本人の作として上演してやったことはあるが、代作どころか訂作さえさせたことはない。

つまり無名作者の彼のため私が代作されて彼の名で発表したといっていい。その脚本名は「残された女」、事実無根もほどほどにしてほしいものである。

どこからどんな目的で出た噂か知らないが、笑ってすますには、すこしばかり背筋が寒くなる話である。知らせてくれた友人にその由を伝えると、「木が高くなると風当たりが強くなるぞ」と返事が来た。滅相もおまへん、そこまで私たちの劇団も私も思い上がっていない積りである。これからは足元はしっかり見て歩くことにする。

「《第五話》二足のわらじはいけないという話」『笑うとくなはれ』五一—五二頁

なお、『現代日本戯曲大系 第六巻』の無署名の「解題」に掲載されているスタッフ・キャスト一覧は不完全である。『日生劇場の五十年』によると、以下の通り(*が『現代日本戯曲大系 第六巻』では省略されている)。『さらば松竹新喜劇』に藤井が書くように、藤井が演出助手筆頭で入っていることがわかる。

『わてらの年輪』(三幕)・主催 日生劇場・公演回数 30回

[スタッフ]

作・演出 渋谷天外
装置 伊藤熹朔
照明 篠木佐夫
音楽 服部良一
制作 寺川知男*
演出助手 藤井薫・水田晴康*
舞台監督 鈴木敬介*
同助手 岡島健造・平井靖人*
音響調整 木村実*
大道具設計 川島義雄*

[キャスト]
鈴木八重(花柳章太郎)
竹森栄吉(中村鴈治郎)
すみ(小林千登勢)
三浦利弘(中村扇雀)
川崎(花柳喜章)
本田康江(賀原夏子)
中原万次郎(中村松若)
喜代(酒井光子)
石本(金田竜之介)
畑中(春本富士夫)
久居(嵐みんし)
津田(松波加津男)
井上(河内鏡子)
木下(中村鴈好)
南(緋多景子)
半沢(中村富三郎)
さだ(花恵博子)
西(成田菊雄)
松本(中村扇駒)
出前持(山田日出子)*
郵便貯金の集金人(中村扇花)*
使いの若い者(中村鴈三)*
川廻りの男(中村扇二郎・中村松弥・中村鴈松・松美はじめ・中村扇也)*
通行の女(墨律子・小笠原光代)

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