別役実×平田オリザ対談「焼け跡と不条理-復興とは何か?-」、 2011年5月5日

高野しのぶさんが大筋のところを的確にまとめてくれているが、別役はまた「ポスト近代においては問題に対して部分対応しかできない」という趣旨の発言もしていて興味深かった。「日照りの時は…おろおろ歩き」あるいは「こういうときは国の政治家は無能のほうがいい」という話とつながっていくわけだが、『象』という題名が「群盲、象に触る」から来ていることを考えると興味深い。別役はその出発点から「全体性を有する問題系」(=象)に各人が部分対応していく(=盲が触る)ことは一般には愚かなことだとされているが、むしろ正解なのだ、ということを書いてきたわけだから。しかも「部分対応」とは「盲滅法に触る」ことも意味する。つまり部分に切り分けられたうえで個々について明確な対応策をとるのではなく、各々が右往左往(「おろおろ歩き」)しながら部分的に問題に取り組んでいるうちに、問題系全体がゆっくりと解決に向かうというイメージ。アーサー・ケストラー「ホロン」にもつながる、傷ついた有機体/生態系の回復のイメージが重ね合わされ、それが結局「近代」を超克する方法をも示唆することになる。

私の率直な感想は、ちょっと古いんじゃないか、というもの。ケストラーが後年批判されたような、不可知論や神秘思想へ安易に傾く60-70年代の反近代の思想の限界を別役は感じることができていない。その一方で、震災後に実際に起きていることは別役の指摘するとおり、市町村長や県知事レベルが「部分対応」してくれているおかげで中央が無能でもなんとか回っている、ということでもあるわけで、反近代の思想もそれなりの含蓄があるとも思う。

これは私の妄想が半分入っているが、筋金入りの近代主義者である平田は、別役の反近代思想を鼻白む思いで聞いていたはずだ。「無常感」が東洋の思想だ、というのも古臭い決めつけかただし。そのせいで二人の会話はかみ合っていないところが多々あったのではないか。近代を徹底することでしか近代を乗り越えることはできない、脱近代を唱えることはかえって近代を存続させることになる、ということは90年代に浅田彰らが看破していたことなわけで、御年とって74歳の別役に思想的先鋭さを求めるのは無理なのか、という気もする。

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