梅村豊さんのこと

一時休刊する前の『演劇界』に掲載された歌舞伎の舞台写真を撮影されていた梅村豊氏(1923-2007)がお亡くなりになり、夫人のご厚意によって東京文化財研究所に貴重な写真やネガが寄贈されたというのは知っていた。

しかし梅村さんが詩人であったことは迂闊にも今日まで知らなかった。

私が梅村さんにお目にかかったのは三、四度、『演劇界』編集部でもあった演劇出版社にお邪魔したときである。1999年から2000年にかけて、私は自分も翻訳に参加した Kabuki Plays on Stage シリーズの編者であるブランドンさんとライターさんの意向を受けて、写真をお借りして掲載すべく演劇出版社に訪問ししていた。歌舞伎については素人同然の私を、社長の林幸男さんと、梅村さんは温かく遇してくださり、訪れる度に、最新号の『演劇界』と、当時刊行されていた出版物を二、三点、お土産として帰りにもたせてくださった。いま考えると大変な歓待ぶりで、もちろん一介の演劇研究者にすぎない私に見返りなどを期待してのことではなく、ただ若者にたいする親切心からそうしてくださったのだろうと思う。

梅村さんは黙して何も語らないことが多かったが、その立ち居振る舞いや全体の雰囲気から洒脱さが伝わってきた。よい年のとりかたをしてきた人特有の軽み、とでもいうべきだろうか。飄々として、恬淡で、何もこだわることはないし何も怖いものはない、といった体に、当時から私は強く引きつけられていた。とくにそのことについてご本人にお話をしたわけではないから、私がそのような感想を持っていた、ということは伝わっていなかっただろうし、何よりもお二人にとって、私は数ある訪問者の一人に過ぎず、無名の演劇研究者のことなどすぐに忘れてしまっただろう。

マイク・モラスキー『戦後日本のジャズ文化』を読んでいたら、白石かずこの『黒い羊の物語』が引用されていて、その中で、写真家梅村豊が北園克衛が主宰していたVOUの同人の詩人である、という言及があった(二六七頁)。これはあの梅村さんのことだろう。

それを知ってなんだか腑に落ちた。歌舞伎という伝統にどっぷり浸かっている人には梅村さんは見えなかったのだが、では梅村さんをそう見せていたものは何なのかがわからなかったからだ。そうか、昭和戦前モダニズムの重要な潮流であるVOUに属していた人なのだ。是非、その詩を読んでみたいと思った。

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