しとやかな獣

川島雄三監督『しとやかな獣』(一九六二年)の音楽は池野成が担当している。テレビから聞こえてくるゴーゴーと重ね合わされている有名な場面を含め、劇中では能楽囃子が何度か使われるが、一箇所だけ詞章が聞こえるところがあって、そこからこれが能『海人』のなかの、海人が竜宮から奪い取ってきた玉をめぐって海中で竜と争うクライマックスの「玉ノ段」であることがわかる(*)。

能楽囃子の使用を提案したのが川島であることは、CD『池野成の音楽』のライナーノーツに書いてあるし、川島のもとで助監督として働いていた頃のことを実録風に描いた藤本義一の傑作短編「行き急ぎの記」には、川島がこうしたシュルレアリスム的な、文脈の異なるものを重ね合わせる手法が好みであったことが記されている。

能楽囃子のなかでもとくに『海人』を使うというアイデアが川島のものなのか、池野のものなのか、あるいは脚本を担当した新藤兼人のものなのかはかわからない。とはいえ、『しとやかな獣』のラストで団地を遠景で映し出す画面の手前には海が写っており、少なくとも彼らのあいだでは、この作品における隠れた主題が海と人間の関係であるという合意が得られていたことがわかる。

その直前でも、船越英二演じる税務署員神谷栄作が飛び降り自殺をするために団地の階段を昇っていったあとに雷鳴がとどろき、雨が降り始める。それは海に飛び込む海人のようでもある。もちろん『海人』の前シテである海人は女性であり、息子(子方の房前大臣=藤原房前)の出世のために自らの命を犠牲にして玉を取り返しに海に潜るのであるから、神谷はこの作品における海人だ、と主張するのは一見無理がある。だが神谷は死ぬ直前になんとしても三谷幸枝(若尾文子)を守る、と言っていることを思い出せば、神谷が自殺したのは逮捕されたり失職したりすることに脅えたからではなく、三谷を守るためであることがわかる。

三谷との間に取り交わされた秘密を天国まで(あるいは地獄まで)持っていこうと考えて神谷は自死を選ぶ。そして三谷がホテル経営を手がかりに今後次々と事業を拡大していくことが予想されることを考えれば、これは男と女が逆になった『海人』の物語、自分の愛する人間の出世を願って自分の命を海に与える、という物語であることがわかる。

一時間ほど経過したとき、ミヤコ蝶々演じるマダムゆきが借金の取り立てにきたのを追い払った前田時造(伊藤雄之助)とよしの(山岡久乃)の夫婦が部屋の明かりをつけぬままビールを酌み交わし、時造の求めに応じてよしのがラジオをつけると、「三十丈の玉塔に」から、「人々よろこび引きあげたりけり珠は知らずあま人は海上に浮び出でたり」に至るまでの地謡が聞こえてくる。

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