Category Archives: 歌舞伎

左団次が自由劇場をはじめた理由

「戦前派田中絹代 戦後派島崎雪子 対談 映画の世界の裏表」という『讀賣新聞』一九五〇年十月十四日付朝刊四面の記事で、田中絹代がアメリカに行って得られたことは何かと記者に聞かれて「それはもう、大変な勉強になりました、しかし […]
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『愛陀姫』がひどいことになっている件

『愛陀姫』はひどいの一言。ドサ回り芝居の感性を歌舞伎座に持ち込んでいる。 もっともひどいのが、最後の場面で、二人が昇天する際に透明の小さな球体を二つ昇らせるところ。あれは魂のつもりか!? いまどき高校生の芝居だってあんな […]
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安藤鶴夫『三木助歳時記』

長編小説はおそろしい。作者はその全人格をさらけ出すことになる。見せたいところだけでなく、隠したいところも全部丸見えになる。『寄席紳士録』のような随筆では、安藤鶴夫は滅びゆく弱者への哀惜に駆られる自分だけを見せた。『三木助 […]
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水川隆夫『増補 漱石と落語』

水川隆夫『増補 漱石と落語』(平凡社ライブラリー、二〇〇〇年)読了。旧版は彩流社で、このところお世話になっている茂山和也さんが担当していたようだ。 影響関係を指摘するのは難しい。漱石が落語に親しんでいたことを数々の文献か […]
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三代目金馬の下手さについて

三代目金馬が下手だ、という評は圓生をはじめとしてたくさんあるが、納得しがたかった。「わかりやすい、初心者向きだ」という評もあって、こちらならわかる。だがそれを下手だというのは玄人ぶった気取りでしかないだろうとずうっと思っ […]
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圓生の性格の悪さについて

今更ながら圓生の性格の悪さについて。 わたしゃ、きちょう面な性格で、志ん生はズボラ、だから、まあ合わないように見えますが、芸に対する考え方は共通してましたよ。「文七元結」 など前と後に分け、あたしとよく共演しました。名前 […]
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小さんの晩年の芸について

小沢昭一・矢野誠一「志ん生礼賛」『文藝別冊 [総特集]古今亭志ん生』九二ー九三頁。 矢野 このあいだ亡くなった小さんさんも、晩年は全然芸をやらなかったでしょう。ただ昔におぼえた噺をするだけで、あの人の芸を支えた呼吸(いき […]
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二月大歌舞伎:昼の部

二月三日観劇。一階2列15番。 「小野道風青柳硯」。今年中に戦後の三越劇場の活動について英語論文を書くことになっているのだが、三越劇場のこけら落としで上演されたこの作品がどんなものだったのかずっと気になっていたのでちょう […]
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立川談志「芝浜」

『立川談志ひとり会 落語ライブ’92〜’93』第三集。1992年12月9日。 談志は骨格だけしかないテキストを「作り込む」、つまりサブテキストを充実させる方向が古典落語の唯一生きる道だと信じている […]
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タモリ「めけせけ」

『タモリ2』に収録。 出囃子は文楽『野崎』。「…でな」という語尾もふくめて声色は圓生。最初の「呼び声」比べは金馬「孝行糖」のマクラ。物語ははじめ「転失気」のようにはじまる。あとは思い出せない。わかったところまで書いておく […]
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