Category Archives: 日本近代演劇

曾我廼家五郎:喜劇作者としての私(喜劇の過去現在未来)

 大したもんで、私も人から喜劇の作を頼まれました。エヽ、御承知でせう、猿之助(きのし)君にも約束したのです。ナニ、松前鐵之助を書いたらどうだらうと思ひましてね。講談でゆくと鐵之助は、一生涯笑ふことを断つてしまひ、その為に […]
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梅村豊さんのこと

一時休刊する前の『演劇界』に掲載された歌舞伎の舞台写真を撮影されていた梅村豊氏(1923-2007)がお亡くなりになり、夫人のご厚意によって東京文化財研究所に貴重な写真やネガが寄贈されたというのは知っていた。 しかし梅村 […]
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『東京日日新聞』第一六四五三号(一九二二年七月十七日朝刊第十一面)

冩眞説明 (上)はページエントの第一「黒本尊と家康公」(下)は憲政擁護民衆大會から檢束されて行く壯漢……何れもきのふ芝公園で 物凄い演説會の おとなりで 藪入り連中の お樂しみ きのふ芝公園の野外劇 市社會局の主催で ◇ […]
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『時事新報』第一四〇一一号(一九二二年七月十七日夕刊第十一面)

『時事新報』第一四〇一一号(一九二二年七月十七日夕刊第十一面) 写真:「家康と黒本尊」昨日芝増上寺の野外劇 緑蔭で聖劇 美しき千圓が喜ばせた 市社會局主催の商工從業員慰勞 高橋きよ女が親の遺言を重んじ三十年間苦心して貯め […]
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『少國民文化』第二巻第七号(一九四二年十二月):特輯:少國民演劇の新展開

『少國民文化』第二巻第七号(一九四二年十二月):特輯:少國民演劇の新展開 新關良三「文化と演劇」 釘本久春「せりふと話言葉」 齋田喬「少國民演劇今日の進路」 宮津博「少國民劇團小史」 落合聰三郎「學校劇小史」 小池愼太郎 […]
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五郎劇国技館公演(一九四〇年三月十二日初日)

最近ヤフーオークションで入手した五郎劇絵葉書のなかに表に「五郎劇国技館へ」という題字が書かれているものがある。裏には「東西イ……/此たびは河岸をかへて/両國の天下御免の本場/所へ晴れの出演致します/來る十二日の初日から相 […]
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仲木貞一と小寺融吉の野外劇

仲木貞一「喜劇 神隠し」『早稲田文学』第七〇号(一九一一年九月) 仲木貞一「屍体の来るまで」『早稲田文学』第一〇〇号(一九一四年三月) 仲木貞一『現代文芸叢書 第四十二編 暁』(春陽堂、一九一四年) 仲木貞一「史劇 柿実 […]
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特集・占領下の演劇

『悲劇喜劇』第二十八巻第二号ー第四号(一九七五年二月ー四月)は「特集・占領下の演劇」。 特集・占領下の演劇1 八田元夫「敗戦直後の演劇状況ーー一九四五年〜一九四八年」 茨木憲「占領下の戯曲」 宮川雅青「敗戦直後の前進座ー […]
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左団次が自由劇場をはじめた理由

「戦前派田中絹代 戦後派島崎雪子 対談 映画の世界の裏表」という『讀賣新聞』一九五〇年十月十四日付朝刊四面の記事で、田中絹代がアメリカに行って得られたことは何かと記者に聞かれて「それはもう、大変な勉強になりました、しかし […]
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『占領期雑誌資料大系 大衆文化編』における演劇関連論文

森達也「第六章 アーニー・パイル劇場とその周辺」『占領期雑誌資料大系大衆文化編 第一巻 虚脱からの目覚め』(岩波書店、二〇〇八年) 大笹吉雄「第四章 劇化された現実」『占領期雑誌資料大系大衆文化編 第二巻 デモクラシー旋 […]
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