合衆国における「労働」の文化表象:2015年度第2回研究会のお知らせ

成蹊大学アジア太平洋研究センター・共同研究プロジェクト:合衆国における『労働』の文化表象(プロジェクトリーダー:下河辺美知子、研究分担者:日比野啓・権田健二・岡田泰平)では、講師に菅原大一太(成蹊大学)氏を迎え、2015年度第2回研究会を以下の要領で実施します。

日時:2016年1月9日(土)16:00-18:00

場所:成蹊大学10号館2階・第二中会議室2号館3階・2-301(変更になりました)

労働と個性:Herman Melville, “The Paradise of Bachelors and the Tartarus of Maids” における生産性について

Herman Melvilleの中編小説 “The Paradise of Bachelors and the Tartarus of Maids” (1855)では、この作品が二部構成となっていることにも反映されているように、ジェンダー的二項対立が鮮明になっている。「独身男性」と「乙女」という語に込められる性的な豊饒さは、リプロダクションの可能性を秘めているにもかかわらず、二つのテクストは決して交わることなく別個に描かれ、不毛な関係を表している。 興味深いのは、第2部において描かれる「乙女」の従事する仕事が、製紙工場での労働である点である。「乙女」は明らかに何かを産出する場に身を置いているにもかかわらず、生気のない「仕事で青ざめた」顔をしているのである。さてここで、メルヴィルの作家としての労働について考えてみたい。メルヴィルは、テクストという個性の「生産者」でありながら、晩年は生産とは無関係な官吏の仕事に就いていた。作家の生産物とは違い、工場生産によって産出されるものには、決して従事する者の個性が反映されることはない。匿名の「身体」と化した工場労働は、本作品にどのような意味を与えてくれるのだろうか。 本発表では、共和党の結党(1854)やアメリカ労働総同盟の結成(1886)といった19世紀のアメリカの労働の在り方をたどりつつ、生産と作家メルヴィルとの関係について考察する。

菅原大一太(すがわらだいいちた)成蹊大学非常勤講師。主な論文に「インクとしてのバートルビー-“Bartleby, the Scrivener: A Story of Wall-Street”における記号の物質性について」(『成蹊人文研究』第23号)、「ゾラ・ニール・ハーストン『彼らの目は神を見ていた』研究:音とプロットについて」(『成蹊人文研究』第21号)など。

どなたにも無料でご参加いただけますが、会場整理の都合上、開催日前日までにhibinoあっとまーくfh.seikei.ac.jpにお名前と(あれば)ご所属をお書きのうえ、お越しの旨をお知らせ下さい。

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