成蹊大学アジア太平洋研究センター・共同研究プロジェクト:(2013〜2015年度)合衆国における「労働」の文化表象

Cultural Representations of “Labor” in the United States
1970 年代以降、科学技術の進展や社会変化により労働の概念は拡大・変質した。 本プロジェクトでは合衆国における文化表象において、古くて新しいさまざまな形 の「労働」がどう扱われているかを探る。
Since the 1970s the concept of labor has undergone expansion and transformations because of technological advances and social changes. This project explores how new ideas of labor can be juxtaposed with classical ones in cultural representations in the United States.

プロジェクト責任者:下河辺美知子(成蹊大学文学部)
プロジェクト副責任者:日比野啓(2014年度のみ権田健二)
研究分担者:日比野啓(成蹊大学文学部)・権田健二(成蹊大学文学部)・岡田泰平(成蹊大学文学部)

若年失業者が増大し、NEET ならぬ日本語でいう「ニート」=「家事手伝い」の存在がクローズアップされる先進 国において、労働の義務の自明性は疑われるようになってきている。若者だけではない。労働集約産業の限界が 指摘され、BI(ベーシックインカム)の議論が最近高まってきたことは、勤労を通じて自己実現をはかり対価と して金銭を得るという人類の長年の慣行が、高生産性社会の今日において人類生存のための唯一の解では必ずし もないのではないかという疑いが生じてきたことを示している。他方、アメリカの社会学者 A・R・ホックシール ドが『管理される心―感情が商品になるとき』で提唱した「感情労働」の概念が一般にも広まり、労働の場にお いて人々が感情の抑制や鈍麻、緊張、忍耐を強いられていることに焦点が当てられるようになった。頭脳労働/ 肉体労働という従来の二分法にくわえて、「気働き」もまた労働であると見なされるようになった。
このように近年労働という概念は変質・拡大しているし、労働と結びついていたいくつかの概念(とりわけマル クス主義が問題としてきた疎外や搾取といった概念)もネオリベラリズムの言説が社会に浸透していくに従い、 見直しあるいは再解釈を迫られている。こうした認識のもと、合衆国における労働の文化表象を歴史的に考察す るのが本プロジェクトの目的である。たとえば 19 世紀アメリカで大流行する「感傷小説」は、主な読者であった 家庭の主婦たちに「感情労働」が自分たちに与えられた仕事だと認識させることで、男性のみが労働に携わると いう当時の通念に一撃を加えるものであるとともに、女性を一層家庭に縛りつけるものとなった。
本プロジェクトは、これまで労働だとみなされていない行為についての文化表象を労働の表象として包摂するこ とにくわえ、従来も労働だとみなされてきた行為についての文化表象を再検討することもその射程に収める。た とえば黒人奴隷の労働をはじめとして労働の強制は暴力をともなうが、メルヴィル『代書人バートルビー』は、 法律事務所で代書屋として雇ったバートルビーが次第に仕事を拒否し最後に警察という暴力が用いられても労働 より死を選ぶという結末を描くことで、労働と暴力の単純ではない関係を示しているといえる。プロジェクト参 加者の多くは 2007 年から 2011 年度にかけて行われた「アメリカの暴力」プロジェクトにおいて、アメリカの文 学・文化における暴力表象について研究を行った。アメリカ社会を成り立たせている重要な要素として暴力に注 目したこのプロジェクトの問題意識を引き継ぎ、人間にとって労働とは何かという根源的な問いを考えるために 本プロジェクトを実行したい。